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不妊治療を10年した私のお話 妊活との出会い

      2015/12/17

みなさんこんにちは。

私はこのサイトを運営している笹岡梓(ささおかあずさ)と言います。

私は現在32歳で妊活と不妊治療を10年続けてようやく授かった長男(1歳)がいます。

せっかく長いこと妊活や不妊治療をしてきたので、その情報がが役立てばと思いこのサイトを立ち上げました。

現代では10組に1組のカップルが不妊治療をしているという数字が

7組に1組のカップルが不妊治療をしているという風に変わってきました。

(時々5組に1組なんていう数字も見かけます)

そのくらい妊活や不妊治療はポピュラーなものになってきました。

しかし、周りを見渡しても簡単に妊娠している人ばかりで

赤ちゃんが欲しいという気持ちがあるのに妊娠に苦労しているのは私だけ。

そう感じませんか?

でも実際には、妊活や不妊治療をしている人が傍にいるはずなんです。

これだけ妊活という言葉が世間に浸透しつつも

まだまだどこか後ろ暗い気持ち、人に知られたくない気持ちが働いて

「私妊活してるんだ」「不妊治療始めたんだよね」と気軽に口にする人はなかなかいません。

人に言えないと妊活や不妊治療はとても孤独になります。

だからここのサイトや皆さんのブログで妊活や不妊治療について交流できたらなと思います。

ここでは私の妊活、不妊治療の体験談をお話していきます。
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私と妊活の出会い

私が妊活をしようと思ったのは本当に些細なことがきっかけでした。

お話するのも恥ずかしいのですが、陰部が痒かったのです。

当時の私は20歳ですでに結婚していました。しかし産婦人科なんて行った経験がありませんでした。

あの頃の私にとって産婦人科はとんでもなく敷居が高く気軽に行けるところではありませんでした。

私は電話帳で調べた3件の産婦人科のうち、女医さんが見てくれるという産婦人科に行くことに決めました。

 

そこの産婦人科はとても古く昔ながらの学校の校舎のような産院でした。

受付に行くと紙コップを渡されて、尿をとってまた受付に持ってくるように言われました。

尿検査が終わると、50代くらいの女医先生に呼ばれ診察室に入りました。

少し話をした後内診台に上がったのです、今の時代のような自動で診察台が上がるような電動の椅子ではなくて

自分で足を上げて座る古いタイプのものでした。

私は初めて乗るその台に戸惑いうまく座ることができませんでした。

そうするとカーテン越しに女医先生が私の足をピシャリと叩き、

「力抜いて座んなさい、そんなんじゃ子供産めないわよ」とヒステリックに叱られました。

どんくさくて申し訳ないな、なんて思うのも束の間

女医先生は私の人生を変える一言をおっしゃいました。

「痒みは薬塗ればそう心配ないけど、あんた変な子宮の形してるね~子供欲しいなら相当がんばらないと無理だわね」

 

今考えればこの女医先生が何を根拠にそういっていたのかはわかりません。

なぜなら内診もなければエコーも入れていなかったし下腹部を触ったりした記憶もありません。

ただ私の陰部を見てそういったのです。直観的な何かがあったのかもしれません…

でもこの先生の予言は当たっていてここから子供が授かるまでに10年かかったわけですから

予知能力があったのかもしれません。

当時20歳の私は天地がひっくり返るほど落ち込みました。

子供が欲しかったのです。

そもそもすでに結婚しており、その夫の子を持つというのを当たり前だと思っていたのに簡単にはできない。

しかし、案外ポジティブでもあって「頑張ればできる」という言葉をプラス思考にもち

あの当時にはない言葉でしたが「妊活」をスタートすることになったのです。

ちなみに、陰部の痒みは下着などの蒸れからくるあせものようなものでした(お恥ずかしいです)

 

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